良い世界に住めるのは、良い人だけです

ジャンル分けできないほど、根本的なことを考えて行きます。今までに無い、新しい世界になると思います。

2014-09

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だらしなさについて(その2)

良い世界には、だらしない人は住んでいない、と思っている人がいるかも知れない。そういう人は、私が思っている良い世界とは、全然別の世界をイメージしている事になる。そういう人こそ、私が言う良い世界には住めない人なのだか、それは置いといて、(しかし、だらしなくない人も、ちゃんと住める、と言う事は、弁解しておこう。)

皇居には自然のままで、手付かずの庭(かなり広大な庭)がある、と言うのを以前テレビで見たことがある。それには、深い意味があるようなのだが、それはそれとして、色々な動植物が自然のままでいて、とても良いところなのだろうと私は思う。
しかし、一般人の小さな庭が、手付かずで、草ぼうぼうだったら、だらしない人が住んでる家、と言う噂がすぐたってしまいそうだ。
しかし、一方、人は、旅行で自然を見に行ったとき、自然が人の手によって、家の庭のように手入れされていたら、怒ってしまうだろう。
人々が、自然を見に旅行に行くのは、遠い昔の記憶が、遺伝子のように残っていて、自然を欲するかららしい。(何かの環境の本で読んだ。正確な記憶ではない。)実は、庭を造るのも、その記憶が、都会では自然を感じることが出来なくなったために、庭と言うもので、自然の代用品を作りたくなるのだという話だった。だとすれば、草ぼうぼうの状態は、まさに、自然そのものなのに、なぜ、手を加えるのか?それは、庭と言うもののイメージが、一般的常識として、頭の中にあるからだ。いわゆる世間体と言うものである。手入れするのが庭と言うもの、と言うイメージが、草ぼうぼうの庭を、だらしないもの、と、思わせるのだ。しかし、草ぼうぼうの庭でも、時期になれば、ちゃんと、花が咲く、(雑草も、花が咲いたときはきれいだ。)

ここでは、何が言いたいかと言えば、だらしなさと言うのは、人が、自分以外の誰かを評価するために使う言葉だ。
つまり、他人に対して、干渉したい人が、その言葉を使うのである。
自分が、自分に対して、だらしないと思うことがあるが、それは、人が見たら、だらしないと思うだろう、と言う意味での、だらしないと言う思いなのである。
庭が手入れされていても、草ぼうぼうであっても、絶対的な意味で言えば、だらしない状態と言うのは、存在しない。どちらも、それぞれに、意味があるのだ。



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だらしなさについて(その1)

だらしない状態と言うものについて、良いイメージを持つ人は少ないと思う。
だらしないと言う言葉を、よく使う人がいるが、そういう人は、だらしない、だらしなくない、の分岐点を自分で持っている人だ。
しかし、私は思うのだか、だらしなさの、イメージは、個々人で、違うのではないか?
例えば、部屋の掃除を考えた時、毎日掃除をする人、週一で掃除をする人、一月に一回くらいしか掃除をしない人、一年間、ほとんど掃除をしない人。でも、そんな人でも、お客さんが来ると解ったときは、掃除をする。
つまり、他人に部屋を見せなければならなくなった時に、掃除をするということは、自分自身は、掃除をしない部屋に、それほど違和感を感じていなかったことになる。違和感を感じない部屋は、自分にとって、だらしない部屋と言えるだろうか。同じように、お客さんが、自分の部屋を掃除しない人だった場合、掃除をしない部屋に招待されても、それほど違和感を感じないのでは無いか?
掃除をするのは、衛生面の問題からだ、と言う考え方について、私もそれを否定するつもりは無いが、ひとつ、思い出すことがある。
何かのタイムスリップする小説の中に書いてあったのだが、過去に(江戸時代とかに)タイムスリップした主人公が、怪我をしてしまう。その時代の人が、傷を見て、大した傷では無いから大丈夫と言う。しかし、主人公は、現代人は彼らに比べ、細菌に対する耐性がかなり弱いので、彼らが言うよりはるかに深刻な状況だと意識するのである。
私は、なるほどと思った。その状況に慣れている者にとっては、大したことは無くても、慣れていない者にとっては、大変なことがよくある。
部屋の状態も同じようなものでは無いか?掃除されていない部屋でも、そこに住む人は、だからと言って、病気になるわけでもない。ある意味、耐性が出来ているのだ。そして、それは、結構良いことでもある。つまり、劣悪な(と言うほどひどくは無いかも知れないが。)環境でも、生きる力が、備わっているのだ。(ハウスダストアレルギーなどで悩んでいる人にはごめんなさい。そういうのとは、別の次元の話です。)
だらしなさについて、今後も色々な事例から考えて見たいと思う。と言うのも、だらしなさ、というものが、生きるうえで、(良い世界を作る上で、)結構重要なことだと、思ってしまうことがあるからだ。


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収入~労働~ストレス~幸福度(その2)

「収入と幸福度」と「労働時間とストレス」のグラフを、どのように合成したら良いだろう?と言うのがまず課題である。
統計解析には色々な公式が有って、個々の事例でどの公式が正しいのか、と言うのは、結構悩むことである。私は、実は数学が苦手で、計算式を解いて正解を出すことはなかなか出来ないのだが、そんな時、私は、実際の事象に公式の数字を当てはめて、実際の事象が、常識的に納得の行く結果になるかどうかで、判断したりしている。
今回の場合は、掛け算で、まあまあ納得の行く結果になるようだ。
つまり、収入から算出された幸福度に、労働で発生するストレスの割合を掛け、それを差し引く。
計算式だとこうなる。
「総合の幸福度」=「収入の幸福度」ー(「収入の幸福度」x「労働で発生するストレスの割合」)
具体的にはこうだ。
収入により得られる幸福度が50%(0.5)だとして、労働のストレスが20%(0.2)あるとすれば、50% X 20%(0.5 X 0.2)=10%(0.1)が、幸福度を下げる要因として差し引かれて、総合の幸福度は、40%(0.4)になる。

この計算式で、前回と、前々回のグラフを合成して見る。「収入と総合の幸福度」の関係だ。
一日8時間の労働で、月30万の収入がある時、収入の幸福度が50%になる個人のグラフだ。

003sougouKoufukudo.png


このグラフでは、収入60万あたりで、幸福度が0になる。ストレス100%では、いくら収入があっても、幸福度は感じられないと言うことなのだが、皆さんも納得できるのではないかと思う。今回は、グラフにしやすいと言うことで、労働時間を取り上げたが、労働の質でも同じことが起こる。
このグラフで、一番注意してもらいたいのは、単一の要因では、右上がりのグラフになり、幸福度が必ず上がるようになるが、複数の要因になると、このように、必ずピーク(山の頂点)が、存在する、と言うことだ。
本当の幸福度の追求とは、このように、ちょうど、ピークになる点を見つけることだ。そして、そのピークは、個人個人で違いがある。例えば、今回のストレスのグラフも、8時間の労働で、もっとストレスを感じる人は、これより左側にピークが来るし、その反対の場合だってある。また、余暇の時間で、幸福度を上昇させる人もいるだろう。要因を多く取り上げれば、それだけ複雑になる。
要するに、自分の幸福度を、単一の要因で、他人と比較することで判断しようとしても、正しい結果は得られないと言うことだ。勝ち負けの無意味さを、少しは理解してくれる人がいるのでは無いかと思う。

収入~労働~ストレス~幸福度

「勝たないと自分が成り立たない、勝たなくても自分が成り立つ」の続きですが、中身が若干離れるので、題名を変えました。

収入を得るには労働しなければならない。
個々の人々にとって、労働から得られる収入は一律では無いが、一人の人が、同じような労働をして得られる収入は、単位時間でほぼ同じであるから、収入を増やすには労働時間を増やさなければならない。
また、単位時間当たりの収入を増やすには、より難しい労働をする必要がある。

つまり、収入を増やすには、労働時間を増やすか、労働の質を変えるか、と言う二つの方法があるのだが、しかし、いづれの場合も、収入を増やそうとすれば、ストレスは増大する。
ストレス増加=幸福度減少となるから、実は、個々人の収入と幸福度の関係は、前回のグラフのように、単純には行かないのである。

労働の質は、グラフにしづらいので、「労働時間とストレス」の関係を、グラフにして見た。

002SutoresuToRoudou.png

このグラフはひとつの想定で、実際には、個々人でかなり違うと思う。しかし、一般的には大体こうなるのではないかと私は思っている。
例えば、労働時間が、8時間くらいまでは、一般的な労働時間で、ストレスもそれほど増えない。しかし、それを超えると、ストレスの増える量は多くなって行き、大体20時間くらいで、ストレスは100%になる。何故なら、食事や睡眠に取れる時間は、4時間くらいしかなく、正常な生命維持は難しくなるからだ。1、2日なら何とかなるだろうが、何日も続いたら、ほとんどの人は、精神や体に異常を来たすと思う。時々、新聞や雑誌にも、似たような状況に追いやられて、病気になったり、自殺したりした人の話が出てくることがある。
ストレスと幸福度は反比例するとすれば、ストレス100%=幸福度0%と言うことだ。

収入が増えれば、幸福度は増加する、しかし、収入を増やそうとすれば、ストレスが増加する=幸福度が下がる。
次回は、これをグラフにして見たいと思う。

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